備忘録と、日々の泡


by tessai-bose
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カテゴリ:文学( 3 )

2011年読書の旅

昨年の1年間の読書は、乱脈、停滞といったところでしょうか。
今年は鍛錬。そして、毎日辞書読みをします(マタイッテルヨ)。

①書きあぐねている人の小説入門 保坂和志
②ユートピア探し物語探し  井上ひさし 大江健三郎 筒井康隆
③漂流 本から本へ 筒井康隆
④小説の方法 大江健三郎
⑤インザシティ (文芸誌)
⑥おはん 宇野千代
⑦宇野千代女の一生 (ムック)
⑧軍人列伝 (雑誌)
⑨グインサーガ115巻 栗本薫
⑩海外旅行の恐ろしい話 (文庫)
⑪筒井康隆解釈と鑑賞 (文芸誌)
⑫死体に目が眩んで 釣崎清隆
⑬帰らざる夏 加賀乙彦
⑭虚航船団 筒井康隆
⑮つぎはぎ仏教入門 呉智英
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by tessai-bose | 2012-01-02 21:27 | 文学

去年読んだ本が

いずれ血となる骨となることはなく、ビールと混ざって全部出ていってしまったような感じもありますが、昨年こんな本を読みました。今年はもう少し読みたい。そして、多少なりとも建設的なことをしたいという年頭所感です。

『わたしたちに許された特別な時間の終わり』   岡田利規
『男色の景色』    丹尾安典
『アホの壁』  筒井康隆
『きまぐれ体験紀行』  星新一
『幸せはすべて脳の中にある』  酒井雄哉 茂木健一郎 
『文士の時代』  林忠彦
『岡真史詩集ぼくは12歳』 高史明 岡百合子(編)
『滝山コミューン1972』  原武史
『浅草紅団』  川端康成
『小林秀雄対話集』  小林秀雄 他
『闘王』  栗本薫
『もう一つの王国』  栗本薫
『こころ』  夏目漱石
『紅鶴城の幽霊』  栗本薫
『痴人の愛』  谷崎潤一郎
『ガラスの愛』  稲葉真弓
『着想の技術』  筒井康隆
『聞き耳東北艶草紙』  支倉出版編集部
『東京湾景』  吉田修一
『栗本薫・中島梓』  堀江あき子(編)
『図書準備室』  田中慎弥
『精神病とモザイク』  相田和弘 
『自由高さH』  穂田川洋山 
『旅のラゴス』  筒井康隆
『日本語練習帳』  大野晋
『高校の現実』  喜入克
『現代詩作マニュアル』  野村喜和夫 
『放浪記』  林芙美子 
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by tessai-bose | 2011-01-02 22:45 | 文学
  友だちから、「グイン・サーガが終わってしまったね」とメールが来たのでネットニュースを見たら、栗本薫が亡くなっていた。ハッとしたが、1年位前から癌で、病状が一進一退だったことをネットの日記で知っていたので、「ああ、死んじゃったんだなあ」という気持ちになった。
  『グイン・サーガ』はもともと未完になるべき物語であるから仕方ない。作者自身も、終わらない物語が書きたくて始めたのだと何かに書いていた。とりわけ最近は、物語の時間の流れがどんどん遅くなり、どんどん濃密になって世界が深まっていく感があった。ずっとこの世界と戯れていたい、淫していたいという作者の願いが、読んでいて伝わってきた。
  彼女の文学の、物語がゆっくりと走り出し、やがて拡がって疾走していく感覚は独特だったなあと、今改めて思う。中学校の図書館で出会い、中島梓名義の『マンガ青春記』に憧れて同じ大学を選んだ。図書館の回転ラックに並んでいた本と陽射しを思い出す。文学部キャンパスのベンチに座り、「あの場所へ来たんだ」と思ったものだ。そこは必ずしも「あの場所」ではなかったのは、さておき。
  思えば自分は、いろいろなものに伴走してもらってきたのであり、その一つが彼女の作品だった。そういえば『グイン・サーガ』はぼくと同い年だ。
  『終わりのないラブソング』は、ぼくは一巻で挫折してしまったが、あれはやおいの先祖などではなく、彼女の好きな少年漫画へのオマージュではなかったのか。彼女の描く愛は、彼女自身が正確に分析したとおりに常に闘争であり、そこにはぬるま湯的で予定調和な、お互いのナルチシズムを満たす慰めはなかった。叩き伏せられ、ときには殺されるような激しさが彼女にとっての愛であった。『グイン・サーガ』の、最愛の人に憎悪され殺されたアリストートスを思い出す。『絃の聖域』では、江戸川乱歩や谷崎潤一郎の陰翳の系譜を担った。だがやはり彼女の世界はあまりに激しく、その陰翳はまるで光のように思えた。彼女は、なにより少年漫画の人であったとぼくは思う。
  『ぼくらの時代』のラストで、徹夜明けの疲れた3人の若者が、曙光で惨めさをさらしはじめた高田馬場のうらぶれた大通りをとぼとぼと歩いていく。そして、いつまでもこのまま歩き続けていたいと思う。そうした幾千の場面を紡いできた物語の泉は枯れたが、悲しみはそれほどない。ただ、彼女の幾多の激しい物語に触れたときのように、「なんという生だったのだろう」という静かで大きな感慨がある。作家と読者は、いつでも二人だけの親密な空間で再会することができるのだから便利なものだ。作家は愛読者とともに死ぬと誰かが言っていた。ぼくは、伴走者を失ったとは思っていない。
  物語の女王であり物語の虜囚であった偉大な人。ご冥福をお祈りします。
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by tessai-bose | 2009-05-28 00:00 | 文学