備忘録と、日々の泡


by tessai-bose
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  友だちから、「グイン・サーガが終わってしまったね」とメールが来たのでネットニュースを見たら、栗本薫が亡くなっていた。ハッとしたが、1年位前から癌で、病状が一進一退だったことをネットの日記で知っていたので、「ああ、死んじゃったんだなあ」という気持ちになった。
  『グイン・サーガ』はもともと未完になるべき物語であるから仕方ない。作者自身も、終わらない物語が書きたくて始めたのだと何かに書いていた。とりわけ最近は、物語の時間の流れがどんどん遅くなり、どんどん濃密になって世界が深まっていく感があった。ずっとこの世界と戯れていたい、淫していたいという作者の願いが、読んでいて伝わってきた。
  彼女の文学の、物語がゆっくりと走り出し、やがて拡がって疾走していく感覚は独特だったなあと、今改めて思う。中学校の図書館で出会い、中島梓名義の『マンガ青春記』に憧れて同じ大学を選んだ。図書館の回転ラックに並んでいた本と陽射しを思い出す。文学部キャンパスのベンチに座り、「あの場所へ来たんだ」と思ったものだ。そこは必ずしも「あの場所」ではなかったのは、さておき。
  思えば自分は、いろいろなものに伴走してもらってきたのであり、その一つが彼女の作品だった。そういえば『グイン・サーガ』はぼくと同い年だ。
  『終わりのないラブソング』は、ぼくは一巻で挫折してしまったが、あれはやおいの先祖などではなく、彼女の好きな少年漫画へのオマージュではなかったのか。彼女の描く愛は、彼女自身が正確に分析したとおりに常に闘争であり、そこにはぬるま湯的で予定調和な、お互いのナルチシズムを満たす慰めはなかった。叩き伏せられ、ときには殺されるような激しさが彼女にとっての愛であった。『グイン・サーガ』の、最愛の人に憎悪され殺されたアリストートスを思い出す。『絃の聖域』では、江戸川乱歩や谷崎潤一郎の陰翳の系譜を担った。だがやはり彼女の世界はあまりに激しく、その陰翳はまるで光のように思えた。彼女は、なにより少年漫画の人であったとぼくは思う。
  『ぼくらの時代』のラストで、徹夜明けの疲れた3人の若者が、曙光で惨めさをさらしはじめた高田馬場のうらぶれた大通りをとぼとぼと歩いていく。そして、いつまでもこのまま歩き続けていたいと思う。そうした幾千の場面を紡いできた物語の泉は枯れたが、悲しみはそれほどない。ただ、彼女の幾多の激しい物語に触れたときのように、「なんという生だったのだろう」という静かで大きな感慨がある。作家と読者は、いつでも二人だけの親密な空間で再会することができるのだから便利なものだ。作家は愛読者とともに死ぬと誰かが言っていた。ぼくは、伴走者を失ったとは思っていない。
  物語の女王であり物語の虜囚であった偉大な人。ご冥福をお祈りします。
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by tessai-bose | 2009-05-28 00:00 | 文学

新明解国語辞典


10年くらい前に赤瀬川原平が新明解国語辞典を面白がる本を出してましたが、その「明解さん」をちょっとずつ読もうかな、などと思っています。最近、ものを見ても全然名称が思い出せないことが多いもんで。
あのね、アレとアレをアレするとね、あのほらアレが産まれるんだよなんてことにならないためにも。


アーモンドの旧称がアメンドーだったことを知る。

亜はアジアのこと。「~に次ぐ」の意味。
阿はアフリカのこと。「ごきげんをとる」の意味。
こんなところからも、日本人の欧米コンプレックスが窺える。

明解さんは確かに不思議な辞典で、
【愛護】 いじめないで保護すること
これでは、愛とは「いじめないこと」になってしまうのではないかと思ってさらに調べてみると
【愛】愛情を持つ
巧く逃げられてしまった。


和尚の辞典
【アールデコ】単純で直線的な生え際をもつおデコのこと。好奇と疑いの目に晒されやすい。
         「今の主流は――よりも、ヘアコンタクトだ」   
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by tessai-bose | 2009-05-24 22:02 | 辞典

yuiたん

yuiの歌はいいなあ
大人みたいで子どもみたいで、甘いようで辛くて。
ぶた!
と罵られて、とんがった靴で蹴られてもいいみたい。
おじさんにたにたしちゃう。
今yuiが休みなのは私と半同棲状態にあるからです。そうだ、そうに違いない。
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by tessai-bose | 2009-05-09 02:19 | 音楽